公式サイトがどれなのかよくわからんのでこのリンクで。SHというのはSanya-Haikouのことである。
2026年度BRM中国•耀骑海南中心SH1200 KM耐力骑行认证 – 野途网
海南島の三亜から海口までのワンウェイの1200km。CP3 (312km)、CP6 (605km)、CP10 (905km)にホテルが確保されているので、毎日300km前後を走るという行程。この三か所へのドロップバッグもやってくれたので(他のコントロールへのドロップバッグも選択可であった)、荷物を軽くできた。ありがたい。
Google Mapsは使えないし現地の地図アプリを見てもうーんという感じで、どういったところで補給できるかはわからないので、走り出して様子を伺ってから判断するしかない。とりあえず常に50〜100kmぐらい走れる分の補給を持っていればなんとかなるはずである。
Day 1: 三亜→白沙 312km

4時過ぎに起きて準備。ホテルの目の前がスタートなので助かる。今回はパナチタンです。

6時にスタート。

信号もあまり気にせずみんなバンバン飛ばしていく。ジェイソンとおーのさんと律儀に信号で止まっていたらあっという間に後方で、他の方々が見えなくなった。



序盤からおーのさんが先頭で快調に飛ばすが、自分はこの三ヶ月は特にいろいろあってまったく運動できておらず、過去最高体重に達していて全然走れない。ちょっとしたアップダウンで離れてしまう始末。まだ先は長いし、オーバーペースになって自滅もしんどいしなと思って92kmのCP1に到達する前に自主的に離脱。一人旅となった。さよならだ!


最初のCPに到着。有人である。




海南島の西側の海沿いは大変良い眺めの気持ち良いルートなのだが、まったく補給できるところがない。やっとのことで小さな商店を見つけたので店番のおばちゃんとのやり取りを地元のサイクリストに助けてもらいつつ飲み物を補給。

CP2に着く手前の街で昼飯休憩。そろそろちゃんと食べたいなと思っていたところで他の方が飯を食っているのを発見。そこに同席した。



超市とはスーパーマーケットのことである。まんまやな。飲み物や菓子パン、スナック菓子があるので日本のコンビニのようなものである。そしてこの老婆餅、大変気に入った。腹持ちもよい。補給食に最適である。

次のシークレットはキャンセルになったというがとりあえず写真だけ撮っておいた。おーのさんが単独で走っているところに合流したのでしばしご一緒した。その先でジェイソンが休憩していた。どの道この二人とパックで行っても付いていけないであろうということで先に出発。

社会主義核心価値観!


途中で二人にキャッチされ、コース沿いに出てきた商店に入ったら店主たちの熱い歓迎を受け、高級茶を振る舞っていただいた。老班章というのはプーアル茶の王様だという高級品だそうだ。ありがたい。


その後、次の街で夕飯を食べて、一山越えてCP3へ。

予定通りぐらいで順調。
Day 2: 白沙→琼海 293km

4時半頃にリスタート。

朝から700mぐらいまで登る。1200kmで一番標高が高いのがここ。その後も延々とアップダウンが続き、この日の前半の150kmで3000m以上登る。増量した身体に加え、まだEQUILIBRIUM号が修理から戻ってきていないこともあり、自転車はパナチタン。インナーローが36-28になるので大変しんどい。全然登れない。以前はこの自転車でSR600を走っていたのだが。



一山越えて朝飯である。沁みる。


CPでスタッフのおっちゃんがお茶とレッドブルをおごってくれた。謝謝!

ジェイソンの提案で果物を補給食として調達。


ランチパックみたいなもんだな。



まだまだアップダウンが続くので必死のパッチで走るも、ヘロヘロであった。おーのさんは途中で寝てた。

なるほど〜。

ちょうど中間点のコントロールで一休みした後、おーのさんとジェイソンより先に一人で出発。後半は概ね平坦だったので助かった。



二人が全然追いついてこないのでしばし待機して一緒にディナーへ。

雨がポツポツ。
後半は広州から来たという若者と一緒に走って気が紛れた。チタンのフラットバーロードにでかいサドルバッグがついてるのに中から出てくるのは小さいフロアポンプだけという変わり者である。よく喋るやつ愉快なやつだった。

一人になってしまってホテルを通過してしまったのでちょっと戻る。やれやれ。アップダウンに時間がかかったので思ってたより遅い到着となった。

どの部屋もこんな感じだったらしい。
Day 3: 琼海→临高 300km

おーのさんとジェイソンは2時間半睡眠で5時には出るというが、さすがにそれはきついなと思って自分はもう一時間余分に滞在して6時発とした。


一時間ほど進んだところで、二人が朝飯休憩を終えて出発するタイミングだったので入れ替わりで朝飯へ。日本では正月だが新年感はないですな。やはり旧正月か。


その後も延々一人旅。オフィシャルのクローズ時刻を過ぎているのでCPにはスタッフがいない。自撮りをする。

アッ、ハイ……


三日目のチマコッピを過ぎたので気が楽になる。



途中で適当な飯を食う。


マレーシアのNora。昨年1900kmに参加した際、スタート前に自分の自宅周辺をうろうろしていた写真を上げていた。こんなところで会うとは。

不忘初心!

海岸沿いに出て、進行方向を北、東へ変えてからが辛かった。ずーっと向かい風で全然進まない。

CP9で香港の二人が飯を食っているところに混ぜてもらって夕飯。


この後は海岸沿いを爆風の向かい風に耐えてなんとかかんとかシークレットへ。20km/hも出なくてやべーと思っていた頃である。

そしてようやくCP10へ到着。向かい風の影響もあって思ってたよりちょっと遅い。
ジェイソンはすでに先に進んで50km先の宿を目指して出発済みであった。ロビーでカップ麺を食べていたおーのさんももう少し先まで進むことにしたようだ。おーのさんはここにホテルが取っているのになぜ進むんだ?という感じだが。いつもの自爆への道だろうか。ここのホテルはリゾート地のサーファーのためのものなのか、めっちゃ広くて快適だった。部屋が広過ぎて小走りで移動したほど。
Day 4: 临高→海口 316km


最終日も一人で出発。他の参加者も概ね出発済みのようであった。あんまり後ろにはいなさそう。



50kmぐらいいったところでとりあえず朝飯。漢字の雰囲気で注文していく。そしてどうやらおーのさんは自分より後ろにいるようだ。昨晩に先まで進んだ結果、ホテルがなくてホテルのロビーで寝て体調不良に陥ったらしい。なぜCP10で泊まらなかったんだ……?

堂々としている。




CP1の使い回しよなこれ。
1011kmのCP11でジェイソンが待っていてくれたので久々の再会。残り200kmを13h30である。大きなアクシデントがない限り大丈夫そうである。おーのさんはさらに1h30ほど後ろを走っているようだ。ジェイソンはおーのさんを待つと言うので、自分は先に行かせてもらう。待って合流しても二人のペースに合わせて走るのは無理であろうし。


これはスプライト?とグミ。

勢いがある。


中国のランドヌールが飯を食っていたので自分もここに飛び込み、昼飯を。「チキン!」とか「ヌードル!」とかわめていて出てきたのがこれ。美味かった。


立派な橋だった。



いよいよ最後のCP。ロケットが目印でわかりやすい。と、ここでスローパンク。カンボジアでパンクした際にパッチを貼って対処したママのチューブで来たバチが当たった。CYCPLUSの気圧計がうまく作動していないのか、常に9.99BAR表示でうんともすんとも言わないのでジェイソンのやつを借りた。ジェイソンには自分のモバイルバッテリーを貸した。ジェイソンのは端子が死んだらしい。いろいろあるよね。
ここで残り120kmを8時間弱なのでもう余裕である。しかも最後の75kmは追い風基調である。おーのさんはこの時点でまだ150kmぐらいあるのでなかなかのギリギリ隊である。コーヒー休憩をした後、ジェイソンも待たずに先に進むことに。

なぜここだけ急にWest Villageなんだ?




最後のCPからまったく補給できる場所がなかったが、残り60kmあたりで小さなお店を発見。先客には台湾の許さんがいた。襟裳岬1000の襟裳岬で一緒に飯を食べた方だ。ジェイソンも追いついてきた。
と、同時にギリギリ隊のおーのさんから「複数人で走っているけど空腹もあってやばいかも」という弱気なメッセージが来ていたので、この商店の前に食料と水をくくりつけておいた。おーのさんたちが通る頃には閉店しているというし最後まで補給なしは辛かろうと。結局、ギリギリ隊トレインでは止まる暇もなかったのでこの食料はスルーされたらしい。

最後の最後に大きな橋を渡るときに橋の継ぎ目にホイールがはまってリムを強打。継ぎ目が広すぎるんよ。リム打ちパンクを確信し、かつリムも曲がったよなという感触があったのでヒヤヒヤしたが、リムがちょっと凹んで欠けたぐらいで走行には問題なさそうで助かった。こんなところで終了だったら悲しすぎる。

そして無事に海口へ到着。


おーのさんはクローズ10分前に四人で滑り込んできた。ジェイソンとおーのさんと近くのお店でラム肉を食い荒らしホテルに戻って寝た。
Leave a Reply