中国・海南島の記録(後編)

5日、朝起きて散歩のついでにスタバでコーヒー。久々のコーヒーだ。中国、基本的にお茶の国なのでなかなかコーヒーを飲む機会がないのである。他の参加者も同様のことを言っていた。

昼飯はホテルで参加者や主催者の皆さんと一緒に。主催者のLiさん(同い年である)からは今回の運営で改善点はないかと根掘り葉掘り聞かれた。第1回とあるように今後も開催を続けていくらしく、大変熱心な方であった。

おーのさんはこの日の夕方に帰国するので二人で近くの商店街や市場が並んでいる観光地っぽいところでお土産の物色。

タクシーで戻っておーのさんを見送り、近くの店で夕飯を食べていると、ジェイソンから連絡があり、運営スタッフ一同と飯に行くから来いとのことでそちらへ向かう。もう腹いっぱいだが。

海南島を拠点にしている主催者のLiさんとその奥さん、北京から来たシスターティーや新疆出身のイギーさん、お腹のぽっこりでたミスタースーパースターがいた。運営スタッフは他にもう何人かいたのだと思うけど、少人数運営でもCPは有人だったし(もちろんクローズ後はスタッフは撤収しているが)、オーバーナイトコントロールには主催のLiさんがいたし、ドロップバッグもやっていて、よく組織された運営だったと思う。これには大感謝。

そしてまだ走っている人が二人いて、21時間オーバー、22時間オーバーでそれぞれゴールになりそうだということで、ホテルに戻って待つ。一人は日本でも走っているシンガポールの方であった。一つもドロップバッグを使えなかったので大変臭いらしい。もう一人はマレーシアの方。これで全員帰ってきた。

6日、帰国の日なので朝からパッキングをして近所をぶらぶら。マレーシア御一行に混ぜてもらって近所のお店で朝飯。美味いチャーハンだった。

いいホテルでした。帰りは台湾チームと一緒にバスで空港へ向かうかという話をしていたら、マレーシアのEmilyのバンが一人しか乗らないのは勿体無いということでこちらに同乗。

夕方のキャセイパシフィックの便で海口から香港へ。これは香港勢や台湾勢も一緒。

香港でみんなと別れて、しばしラウンジで時間を潰した後、深夜便で成田へ。カンボジアから帰ってきた時と同じで、すぐに成田エクスプレスに乗って9時半前に自宅に到着したので、即仕事を開始した。

中国ブルベ、本土はまた違うのだろうけど、海南島に限って言えば、道路の舗装のクオリティなんかはほぼ日本と同じである。青看板には漢字が書かれているわけで大体意味はわかるし、右側通行以外は日本を走っているのと違いがない。コンビニはないけど超市は結構あるし、食堂もあちこちにあるので、注文さえできれば飯は食える。で、日本人なら漢字の意味はわかるのでメニューに写真がなくても見当がつく。あとは身振り手振りで意思疎通できれば中国語がわからなくてもなんとかなる。自分の知っている中国語なんてニーハオとシェシェ、ドラゴンボールで学んだ数字の数え方、らんまで学んだニャンニーチュアンぐらいである。

また、日中関係が微妙な状況で果たしてどうかとは思ったが、日の丸マークのついたたまがわジャージ、Audax Japanのおにぎりやアンクルバンドを装備していったが、これも特に何もなかった。終わった後の飯の際に台湾のジェイソンが国際関係についての話に少し言及していたが、主催者の面々は「それはまぁ国と国の間の話だから私たちは日本や台湾からの参加者は歓迎だ」と仰っていた。WeChatの参加者グループでも「ここは政治の話はなしだよ」と中国の方が釘を刺していたので、政治情勢で不安を感じるようなシーンは何もなかった。海南島がそもそも観光地であるということから外国人に対してはフレンドリーということもあるらしく、自分が一人で食堂に入っても普通に対応していただけた。一方、本土側だとまたちょっと違うかもしれないとも。

時差もほとんどなく近い外国ではあるのでまたブルベ参加に出向きたい国である。中国語がわかるといいのだが。

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